小学生の思い出
飲み会で小学生の思い出をテーマに語る機会があった。
懐かしい気持ちになったので記憶を掘り起こしておく。
属性としては、以下です。
- 男性
- 1996年生まれ
- 田舎出身
ぱんぞん
ぷにぷにを育てていた。必殺技が複数あった。巨大化、スピン、タックル。もう一つあったはず。
スピンを鍛えるには、マウスを左回転させる必要がある。人生で初めて腱鞘炎になった。
ラミーの大冒険
父親が電気屋好きだが、子供はやることないのでPCコーナーでラミーの大冒険を嗜んでいた。
30分という親の用事が終わる絶妙な時間なので、レベル上げをしている余裕はない。RTA感があった。
母親の定位置は、マッサージチェアなので迷子になることはなかった。
進研ゼミ
勉強した思い出がない。毎月のテストだけ解いてシールを集めて釣竿をゲットした。
BE-GOという謎キャラが出る英語教材をやっていた。(やってないです)
PCゲームや友達から紹介されたドナルドのランランルー動画を観ていた。親が部屋に来た時だけ、BE-GOに切り替えれば怒られないのでカモフラージュとしていい。
ランランルーってなんなんだろうね。
宿題
日記が一番好きだった。桃太郎の続きを書くみたいなことをしていた。
文章の写経をしていた。集中すると音が聞こえなくなるという感覚を得た。
喜んでくれるので、宿題を友達に解説するのが好きだった。
主要科目の長期休み宿題は、休み前に終わらせていた。絵と自由研究は夏休み終盤まで残していた。
学校
授業中に消しゴムから練り消しを作るのにハマっていた。消しピンで大きい消しゴムを持ってくる卑怯者に全力で立ち向かっていた。
低学年の時に、ナルトのお色気の術にハマって真似していた。高学年で黒歴史として封印していた。今でも火遁業火級の術の印を結べます!水遁水流弾の術は、長すぎるので無理です。
勉強
あまり勉強に困ることはなかった。
テストで100点取ると祖父が100円くれた。
物欲がなかったので、貯金していた。
高学年になりクラスで二、三人受験を意識する人が増えた。
超進学校を受ける人と仲が良かったので、興味本意で近所の塾でテストを受けると学校みたいに高得点を取れなかったので自分は賢くないことに気づいた。塾は勉強好きが行くところだと思っていたので、高校生になっても塾に行くことはなかった。
習い事
そろばん、水泳、ピアノ、バスケ、習字とたくさんやった。小学生が一番忙しかった気がする。
田舎なので行かなければ月謝払わなくていいという緩さがあったので毎月1万円ぐらいに収まっていた気がする。親に感謝。
ピアノは練習しなかったので半年で辞めた。一番続いたのは、習字。おしゃべりクソ野郎なので、先生と話す時間が多い習い事が好き。
小学生は他人軸で生きがちなので、辞めたいけど辞めると言えなくて苦労した。試合に勝つことに興味なかったので、温度感が合わずバスケは辞めたかった。痩せたいみたいな目的で入ったのでね…
休み時間
15分休みで校庭に出てドッチボールするって今考えると異常ですよね。当事者です。
ボールの片づけは最後にボールに当たった人と謎ルールを採用していた。最後に持っている人でいいよな。
縄跳びの練習している女子をカッコいいと思っていた。ハヤブサとゼロ戦という命名カッコ良すぎないか!?
高学年になって図書館という存在を知った。怪人二十面相、火の鳥、ブッダを読んでいた。ブッタにて、生きるために蛇と交渉として卵をもらう代わり命を差し出すシーンに衝撃を受けた。
ナポレオンという神トランプゲームとアコギを教えてくれる先生がいた。
通学路
班長だったので横断旗を持っていた。雨が降った日は傘との二刀流。クソかっこいいですよね。
田んぼにいるタニシの卵を破壊していた。
色んなルートで帰宅することが多かった。
交通量が多い道を選択した時は、大人の仲間入りをした気がした。
石蹴りをしながら帰るので、帰り道は二倍時間かかる。
もちろん、白線の上を歩いていた。何回もやってるので、途中で白線が無くなるのを知っているのにね。
遠足
どんなお菓子を購入するかで人柄が出る。
100円以上のお菓子を買っている人間は、人間できてると思ってた。
10円のコーラグミを買ってアタリを狙うどうしようもない人間だった。
友達と飯を一緒に食わないと寂しいという価値観がなかったので、一人で食うことも多かった。
心配した先生が一緒に食べてくれた。それは、それで面白い話できるので好き。
冷飯はどちらかといえば好き。アンパンマンカレーを入れてくれる親はセンスいいなと思っていた。
家が近い人は、途中解散していた。冷静に考えると小学生が家に辿りつけるのすごいよな。帰省本能よ。
放課後
習い事が多かったのもあり、高学年は近所の人と遊ぶことが少なかった。
時たま、予定があって一緒に遊べることになった時は最高だった。その中に好きな人がいた。
隣の家老夫婦宅にチャイムを鳴らさず上がって雑談していた。新聞を一緒に読んだり、ゲートボールの話を聞いていた。大学で一人暮らしを始めるまで入り浸るという謎の関係。葬式にも呼ばれた。
マッドサイエンスごっこで、葉っぱをすり潰して飲んで不味い!という一人遊びをしていた。
習字の用紙を泥団子みたいにして飾るのにハマっていた。
兄弟
妹と兄がいる。
兄とは喧嘩したことはない。 伝説のスタフィーを持っている兄の友達からどうにか借りれないか考えていた。
妹とは、小学生まで時々殴り合いの喧嘩をした。ウザいやキモいという言葉に敏感だった。 今は、高級店に連れて行くのを趣味にするぐらいには仲がいい。
家族
両親は共働きなので忙しそうにしていた。
祖父母が一緒に住んでいたので寂しいとかはなかった。
毎日100円のお菓子を買ってくれる。一緒に相撲を見ていた。ボンタンアメを買ってきた時は絶望した。高学年になって美味しさに気づけた。
孫に甘いので、強気の交渉をすると一日に林檎と梨を食べさせてくれることがあった。妹と兄は欲しくないらしいよという嘘をついて取り分を増やそうとしていた。
親戚仲も良くてお年玉を楽しみにしていた。
最近、おばさんとおじさんが実は夫婦だということを知った。おしゃべり相手としか認識してなかったので、関係を聞くのを忘れていた。
土日
友達と遊ぶことはなかった。
ゲームに飽きていたというものある。
ポケモン映画を観た後に、コインゲームしてアイス買って帰るのが最高だった。 アイスについてる謎のチョコレートデコレーションがうますぎた。
妹はラブandベリーしていた。
当時は人気がなかったポケモンカードをしていた。ロケット団の逆襲世代。
仕方ないので妹にルールを解説して遊んでもらってた。
家
布団を丸めて螺旋丸の練習をしていた。防御の練習はもちろん最高絶対防御守鶴の盾。 小学生なんて雷と炎使っていたらテンション上がる生き物なのに、千鳥ではなく螺旋丸の魅力に気づいていた。というか螺旋丸を必殺技にした岸本先生神すぎないか。シンプルな美しさがそこにはあった。
親の友達と家でBBQしたり素麺流していた。祖父と一緒に竹を切ったりした。図工は苦手だったけど、祖父の大工仕事を見るのは好きだった。 祖父の髭を抜く遊びにハマっていた。父親にやると怒られた。
帰りの会
歌いたい曲を選ぶ制度があった。
クラスのイケてる男子が、GReeeeNのキセキを選曲していた。
音痴でリズム感がなかったので音楽には興味なかった。
今は、エレキギターを買ってバンド活動しているので下手でも音楽は楽しい。
テレビ番組
母親の影響で、アナザースカイとグータンヌーボを観ていた。
レッドカーペット、エンタの神様、はねとび という黄金世代。最高でしたよね。
深夜帯のしゃべくり007を見ていた。(録画) 後に、くりぃむしちゅーのオールナイトニッポンにハマるのは定め。
異性関係
席替えの時はワクワクしてた
なぜか背中を叩いてくる暴力女子がいた。
一期一会カードをどれくらい貰えるかがステータス。
女子はクラスに好きな人が複数にいて、僕は3番目だよと言われた時に反応に困った。 今なら、一番になれるように頑張るよ。ご飯行こ!とか誘えるんだけどね。小学生なので語彙力ないです。
旅行
低学年の時は交通費が安いので、たくさん旅行に行った。 名古屋万博まで車で行った。親の体力がすごい。
海外旅行はグアムだった。2回ほど旅行したがマイル利用なので、国内旅行と大差ないです。 バイキングで果物食べ放題なことと夜に卓球した思い出しかない。自分で歩き回らないと面白くないので、家族旅行は国内旅行でいいと思ってる。
大学1年の時に一人でバックパッカーしたくなったのは、幼い頃から旅していたのが影響してるのかもしれない。 バックパッカーしたことを後日伝えたら一報入れてくれたら嬉しいと言われるぐらいには、親が心配性なのでインドなどワクワクが多い国に行く際には連絡している。 ベトナム、タイぐらいでは連絡しない。
最後に
あの頃は全てが面白かった。 小学生の自分を超えるぐらい人生を楽しんでいきます!
インドに行っても人生観は変わらなかった
台湾旅行の一週間後にインドに向かった。
https://imaharu-blog.hatenadiary.jp/entry/2024/11/11/191732
インドを選んだ理由は、仕事していると旅行しにくい国だからだ。
帰国後の体調不良リスクが高いため、無職期間に行くのがいいと考えた。
旅行プランは難航した。
- ガンジス川に入って体調不良になる
- 電車乗車率250%の超満員列車に乗る
2つやりたいことはあった。
それ以外にインドでやりたいことはなかったので「mond」というQ&Aサービスに問いを投げた。
https://mond.how/ja/topics/dnwhpmiv8l787fe/zgkqjzz1ev8a7j7
インドからスリランカに足を延ばすという案をもらった。
スリランカビザ取得には帰国チケットが必要である。インドからスリランカを経由して日本に帰国するプランは調べることが多くて、正直めんどくさいなと思ったのでインドのみを旅行することにした。
また、joinmytripという日本人が誰も使ってなさそうなサービスをチェックした。
https://www.joinmytrip.com/en/
旅行業者ツアーと比較してコアなツアーが多いのでバックパッカーにもオススメのサービスだと思う。
南インドには素敵な一週間の旅行プランがあった。ガンジス川に入ることを考えると北インドに1週間は滞在したい。当時、インド国内を飛行機で移動するのはダサいという考えを持つめんどくさい奴だったのでツアー時間に間に合わないため断念した。
ガンジス川の沐浴で有名な街バラナシは、北インドの中央付近にある。ニューデリーからバラナシに向かった後にやることがなかった。地球の歩き方でインド地図を眺めていると北東にダージリンという聞いた言葉があることに気づいた。そう、紅茶のダージリンです。インドの疲れを紅茶飲んで癒して帰国しようと旅先に加えた。
結果として、以下のようなルートに決定した。
デリー → アグラ → バラナシ → ダージリン → コルカタ → デリー
旅行日程は、10/22 - 11/06 の2週間だ。
やたら父親の名前とパキスタンのことを聞かれるビザ申請を完了し旅の準備が整った。
前回の反省を活かしインドでは十分すぎる13万をリュックに分散して詰め込み家を出た。
デリー
9時間のフライトが終わった。フライト終盤は日本旅行を楽しんだという隣のインド女性と仲良くなった。彼女からデリーのオススメ店を教えてもらった。時間がなくて訪れてないんだけどね。
空港から電車に向かう途中でぼったくりタクシードライバー等に声をかけられる。
インドに来たという実感が湧いてきた。
ニューデリー駅近くにある日本人宿に向かった。
https://indiasantana.net/delhi/
空港からニューデリーは60Rs。500Rsを渡すと340Rsと100Rs足りない。
指摘すると100Rs返ってきた。お釣りは毎回確認する必要があると強く思った。
ニューデリー駅から宿に向かう途中にインド旅行一番のハプリングが発生した。
左足と左腕がしょんべんまみれになったのだ。Welcome to India すぎるイベントだ。
インドの名誉のために言っておくと完全に僕が悪い。公衆トイレから流れ出したしょんべん溜まりに足を滑らせて突っ込んでしまったのだ。
周りのインド人からの兄ちゃんやっちまったな!という視線に、やれやれだぜという笑顔を返した。会話はなかったが、僕たちはコミュニケーションができていた。
濡れていた左足と左腕は徐々に乾き始めた。小学生の通学路で通っていた牛舎小屋の臭いがした。人間も牛も変わらないんだなと思った。
インドでの最高の思い出が作れたぜ!と思いながらデリーで一番臭い男は宿に着いた。
シャワーを浴びると冷静になり病気になるのでは?という考えが頭をよぎった。すぐに、明日体調不良でなければインド旅は健康に過ごせるな〜というポジティブな思考になった。
しょんべんまみれの衣服を丁寧に洗った。しょんべんの臭いは、一回の洗濯では取れないという知見を得て一日が終わった。
翌日。絶好調。インド旅の幸先よし。
早起きしてチャイを飲んだ後に宿に戻っていると知らないインド人に話しかけられた。
散歩して寺院に向かってるらしい。暇ならついて来るかい?と言われた。
当然、怪しいのだが騙されるのも一興だなと思ってついていくことにした。途中、チャイを奢ってもらった。寺院が思ったより遠かったのでオートリキシャを使った。寺院を一通り回った後に旅行会社に連れていかれた。止まるべき駅など必要情報を得た後に、契約せずに店を出た。今、考えると正規店なのかなと思う。
チャイを奢ってくれたので、オートリキシャ料金を払ってくれるかなと思ったがそんなことはなかった。当然、料金をふっかけてくるので800Rsを200Rsで交渉した。20分ぐらい乗っていたので、150Rsぐらいが妥当だと思うが少しぐらいは高く払ってもいいだろう。
今日一日一緒に観光するかと言われたが、タージマハルがあるアグラのチケットを確保する必要があるので断った。正直言うと英語で話しながら観光するの疲れるので、それっぽい言い訳をした。
当時は騙されたと思っていたが、ただの親切な人な気がしてる。真相がわからないのがインドの面白いところだ。
宿で朝食を食べた後に、ニューデリ駅に向かった。手荷物検査をしている駅員っぽい人にアグラ行きのチケット売り場を聞くとないと言われた。また、旅行会社に連れていかれた。
「INDIA TRAVEL INFORMATION & RESERVATIONS」という会社だ。
https://nidhi.tourism.gov.in/home/classified?stateCode=&categoryCode=02&pageno=11
- 政府公認の会社である点
- 手荷物検査場の人がオートリキシャの相場感を教えてくれた。かつ、流しのオートリキシャを停めていた
ということから少しは信用していいのかなと思った。
ホテル4泊分、3AC列車代、コルカタからデリーへの飛行機代で50000Rs と言われた。(約90000円)
ディワリという祭りシーズンで列車を取るのが難しくなるという嘘かわからない交渉術を食らって契約することにした。前日に「ixigo」という列車チケット予約アプリの使い方が分からなすぎてチケット取得するのがめんどくさくなったこと。学生と違って社会人で5年も働いていたので金に困ってなかったというのが契約理由だ。
原価は、25000 - 30000Rs と予想している。ツアーを使ったことはないが固定費等を考えると手数料としては妥当な価格なのかなと考えている。
ちなみに、手荷物検査の人は駅員ではないので外国人がチケット購入する方法を知らなかったと思われる。手荷物検査を通過した後に駅員にチケット購入場所を聞くのがベストだろう。
列車の乗り方やチケット取得方法は把握できたので、次回のインド旅では自分で手配したい。
契約終了後に駅への送迎 + 1日観光セットで1000Rsのタクシードライバーを勧められた。アガラ行き駅が宿泊先から遠い、かつ、早朝だったのでお願いすることにした。
観光名所で必要な駐車料金も1000Rsに含まれているのでお得だった。
インドではスズキ車が人気でシェア50%超えているという話を車中でしていた。
アフターメンテナンスサービスが充実しているのが、スズキ車のいい点らしい。
また、大気汚染対策としてガソリンではなく天然ガスに移りつつあるという知見を得た。
インド車の給油場所はサイドではなくフロントについてるようだ。
インド株に興味があったので、帰国してスズキのIR情報を調べようと思った。

タクシドライバーから「Today is lastday」というボッタクリを撃退する魔法の言葉を教えてもらった。最終日はお金を持っていないので早めに諦めてくれるらしい。効果はもちろんなかった。
観光地で隣の人と写真撮ったりしながら一日が終わった。知らない人と写真撮れるのも旅の醍醐味だ。
アグラ
朝6:00。日本では絶対に無理だがなんとか起床することができた。
7:40の便に乗るためドライバーと合流して駅に向かう。
列車の乗り方を教えてもらった。掲示板に列車番号が表示される。どの車両(coach)に乗るかは列車が来ないと分からない。車両に記載されている番号を確認しつつ乗り込む必要がある。列車短くても10分は停車するので焦ることはない。自分が乗る車両が間違っていないか周りのインド人に最終確認をした。

アグラまでは2時間。遅い便だと6時間。意味がわからないと思うがこれがインドだ。
列車の中では、新聞と朝食が配られた。自分でチャイを作ったのだが砂糖の量が半端ない。旨いので体に悪いことに気づかないふりをして飲んでいこうと決めた。インド人の平均寿命は短く体の中はボロボロだと旅の後半で仲良くなったインド人が教えてくれた。油だけではなくチャイも原因なのだろう。
そうこうしているうちにアグラに着いた。アグラは世界遺産として有名なタージマハルがある街だ。いつものようにオートリキシャと交渉して100Rsでホテルへ向かった。
3日目にして交渉感覚が戻ってきた。言い値の1/5 を目標値にして、初回の値段は 1/6 以下でアンカリングする。だいたい50Rs、100Rs 単位で交渉していく。明らかに法外な値段言ってくるやつとは交渉しないのも大事。
例えば、相手が600Rs 欲しいと言ってきたとする。目標値は120 - 150Rsとなる。アンカリングの値は80-100Rs になる。
実際の会話はこんな感じ
「I want to go 〇〇. How much?」
「600Rs」
「It’s too expensive. 80Rs」
「500Rs」
「80Rs」
「400Rs」
どこかに行くフリをする。(基本、1回だが2回のこともある)
「OK. 200Rs」
「100Rs」
「150Rs」
握手をしながら
「Hey, brother. Thank you」
150Rs から下げることも可能だが、めんどくさいのでやらないことが多い。金に困っている終盤はギリギリまで頑張ることもある。
OlaやUberなどで事前に目的地までの価格を調べておくよい。
OlaやUberはサービス運営費等を考慮すると流しのタクシーやオートリキシャより高く設定されているはずなので、調査価格より低い目標値にすることが多い。
その他のテクニックとして、「He said 200Rs」など価格を大声で叫んで他のオートリキシャを交渉に参戦させるなどがある。暇な時に一回だけやりました。ネパールやバングラデシュなど近隣諸国の旅人だと名乗る大技もあります。
営業マンが普段やっていそうなテクニックなので、知り合いの営業マンに交渉術の書籍などを教えてもらうとよい。理論があるので知っておくと面白い。
ちなみに僕が読んだことある本はこちら
「世界のグローバルリーダーが使いこなす交渉の秘訣」
めんどくさいと思うので暇な時以外はOlaやUberを使うとよい。
交渉も旅の醍醐味。アトラクションと捉えている人だけやればいい。
2週間の旅で5000円ぐらいしか変わらないと思うので、無駄な時間を使わず旅行でリフレッシュし仕事を頑張り給与アップした方がいい。
ホテルでゆっくりした後にタージマハルに向かった。
タージマハルの圧倒感は写真で表現できないことを知った。タージマハルを摘む有名なポーズがどのように撮影されるのか鑑賞。近くのインド人に写真をお願いした。最後まで写真が上手いインド人に会うことはなかった。つまり、そういうことです。写真はヨーロッパの観光客に頼むべきとわかった。


タージマハルは正面が有名だがタージマハルから見る門も美しい。あえて、写真は貼らない。自分の目で確かめてほしい。
個人的に好きな場所は土足厳禁のタージマハルを見学した後の出口だ。タージマハルが太陽を遮り涼しい。座って涼んでいる観光客と世界遺産というギャップが面白いと思った。
タージマハル以外見たいものがなかったので、ホテルでゆっくりした。
翌朝、迷路のように入り組んだ街を散歩した。クリケットにしている少年達に一打席どうだと招かれた。ファールに終わった。
バラナシに向かう寝台列車を待っているとコンピューターサイエンスを学んでる学生に話しかけられた。外国人だけでなくインド人同士でも仲良く喋っている場面をよく目にした。
彼は政府の仕事に就きたいようだ。インドでは政府の仕事が人気だと教えてもらった。別のインド人から聞いた話によると政府の仕事には就けるかはカースト制度の影響があるらしい。
インドで人気マッチングアプリはTinder。SnapchatはInstagramと違ってローカルに動画保存する必要ないのがいいらしい。 フィリピンで会った若い日本人もコミュニケーションを音声や動画で気軽に送っていたので、20代のコミュニケーションスタイルが変化しているのかもしれない。28歳おじさんの感想です。
そんな話をしていると寝台列車が到着した。
3ACとは3段ベットエアコン付きということだ。就寝時間までは上2段が折り畳みまれており一番下の席を共有して利用する。座っているとインド人が話しかけてくるので、雑談していると就寝時間になった。AC付きの車両はお金に余裕のある人が利用するが、念の為盗難対策としてリュックは自分のベッドに置いて就寝した。

バラナシ
起床するとバラナシまで後一駅だった。汚い便所で用を足す。旅に慣れてくるとトイレペーパより手でお尻を拭いた方が早いし清潔になるなと思い始める。慣れって怖いですね。
今回の宿もサンタナにした。高校を卒業した後に、自分でお金を稼いで世界一周してるというパワフルな女性に出会った。住み込みで働いている彼女にオススメのレストラン等を教えてもらった。
バラナシはヒンドゥー教の聖地。この土地で火葬されることがインド人の夢だと火葬場で出会ったインド人観光客に教えてもらった。火葬場は写真撮影禁止だが、遺族の方に誠意を示してお布施をすると写真を撮ることができるという話を彼にしてもらった。やってないので真実かは不明だ。
遺体をガンジス川で清めた後に、3,4時間ほど外で火葬する。生と死が隣接していると、簡単に結論付けてるのは外から見ている僕たちの感覚に過ぎないのかもしれない。
感動した。人生観が変わった。ということはないが、気づいたら20分滞在していた。
声を掛けられた人にお布施をあげる必要はない。
紹介してもらったラッシー屋を訪れた。デザートのようなラッシーだった。
「special lassi」など明らかに値段が異なるラッシーはマリファナ入りの可能性があるので注意が必要だ。人気店でもメニューにあるので店員に確認するといいだろう。

宿に戻り他の宿泊客と談笑していた。金をなく学校にも通えない、道路をただ見ることだけが娯楽の少年にお金をあげると食べ物ではなくタバコや薬物を購入するという話が印象的だった。悪いことだが咎めることはできない。少年にとってそれは生きる意味を見出すための行為。何もできない自分が悔しい何かできるようになりたい、力をつけなければという話だった。自分にはない感受性の豊かと人生の目標を持っている彼女を強く尊敬した。
バラナシでは、ゆったりした時間を過ごした。笑うヨガで陽気な気分のまま朝食を食べた後に、ハンモックで仮眠。起きたらラッシーを食べて読書。そんな毎日だった。
ガンジス川に入った。旅の道中でいつの間にかできた傷からの感染が怖かったが決行。
川が綺麗な朝の時間に沐浴。ヌルヌルとした川底で滑らないように進む。
これだけ達成感を味わえる川はこの世にないだろう。
病気が怖かったが体調は絶好調だった。この旅で下痢にもならなかったのでラッキーだった。
一緒に観光していた日本人とバラナシは汚いという話題が上がった。感覚がバグって全く共感することができなかった。初日のしょんべん事件より汚い話題なんてないだろうよ。


ダージリン
バラナシからシリグリ16時間寝台列車を乗車した後に、乗合ジープ3時間でダージリンに到着。
ダージリンの標高は2000mだ。標高が上がるにつれて景色が変わっていく。天空の街に向かってような神秘的な気持ちになった。

ダージリンに到着して気づいたのが道にウンコがないということだ。標高が高いので牛がいないのが原因だろう。当たり前のようにゴミはあるのだが、清潔感があった。定位置で用を足す偉大さを知った。人間はトイレで用を足せてえらい!

次に訪れるコルカタはイギリス植民地時代の首都だ。ダージリンはコルカタから近いため避暑地だったらしく西洋風の建物が多くインド感がなかった。
Happy Valleyという茶畑を訪れた。お茶の木は思ったより低かった。工場跡見学で茶を育てるために十分な降水量が必要なことを知った。ヒマラヤ山脈の恩恵でダージリンは茶を育てる絶好の場所なのだろう。出国前に家庭教師のトライYoutubeで復習した高校地理を知識を体で覚えることができた。First flushは水だけ、Second flushはミルクが必要らしい。


この夜は面白かった。10月終盤はヒンドゥー教の祭りディワリが開催されている。
爆竹と花火を深夜三時まで撃ち続けることしか観測できていないため実際何をやってるのか未だわかっていない。右耳は爆竹と花火。左耳は別室から歌声。カオスな状況でなんとか眠りついた。
タイガーヒルという朝日を見るために早朝3時半に起床。チャイを飲みながら朝日を待つ。人生でこんな優雅な時間をあと何回経験できるのだろうか。山脈から朝日が顔を出した瞬間、湧き上がる歓声。体の震えが止まった。暖かい。スマホに収めた写真の10倍朝日は大きく明るかった。

ダージリンを歩き回り疲れたので紅茶を飲んだ。

ホテルの帰り道にGoogle Mapは必要ない。 ホテルまでの帰り道を覚えるのは、旅の好きな瞬間だ。非日常が日常に変わっていく瞬間。
旅行が楽しいのは、帰るべき日常があるという制約によって成り立っていると思っている。この非日常も誰かの日常であるわけで。なんというか、誰かの非日常になれるように僕の日常を誇って懸命に生きようと思った。また、日本でも非日常を体験すべく自分が普段合わない人達ともっと会いたいなと思った。これを見た読者の諸君飲み会の連絡待ってます。
お土産を買う人間でいなさい
お土産を買いたいと思える交友関係を築きなさい
お土産を貰える人間になりなさい
という教えに従ってお土産をたくさん買った。お土産をあげたいと頭に思い浮かべる人がいる人生に満足感を覚えた。

帰路はバスを利用した。バスの座席番号は席の上にマジックで書かれていた。席を変わってほしいと言われたので承諾した。この後、隣のおばちゃんと3時間話し続けることになる。

どこから来たのか。どこにいくのか。何歳なのか。何をやっているのか。一通りの話すと話題がなくなった。経緯は忘れたがモディ首相の政策の話題になった。ヒンドゥー教に特化した政策への是非や外交問題。インド人の宗教や国際感覚にまで話は弾んだ。前提知識と英語力がなく2割も理解することができなかったため、笑顔で相槌しリサイタルを盛り上げた。途中で狸寝入りを試みたが実力不足で会話を終わらすことはできず、腰を据えて会話に望んだ。英語の勉強が必要だと強く感じた一日になった。
南インドではヒンディー語を教えていないため北と南の人が会話する時は英語であること。南インドはキリスト教信者が多いため牛肉を食べることが可能であること。彼女から多くのことを学びました。
コルカタ
インドでやりたいことを終えたのでコルカタではゆっくり過ごす予定だった。
博物館に向かっていると同じ博物館に向かっていたインド人に話しかけられた。彼はムンバイ住んでいて最近婚約したらしい。パートナーは医者で忙しく休暇が取れないので一人で旅をしているらしい。2日一緒に観光して仲良くなり結婚式に呼んでくれることになった。家族以外の結婚式に出たことないので初の結婚式を海外で経験する人生になりそうだ。インドの結婚式は1週間ぐらい続くらしい。土日に有給2日を合わせてお祝いしにいこう。
夕食まで時間あるので、ソナガチという風俗街に行くかい?と誘われたが断っておいた。婚約中だろ!やめておきなと嗜めた。
友達と会う予定があるらしいので付いていくことにした。
中古自動車の貿易業をやっているビジネスマンだった。日本語も堪能だ。最近、タイで飲食店を出店するらしい。
インドの銀行利子は6%を超えること。チャイが1日10000杯売れる場所があること。インドには、複数の宗教行事があり、行事毎に出店すると固定費を抑えて売上を上げることができること。道路が混んでおり、道が整備されていないインドでは小型バイクの需要が高いこと。普通の人から聞けない面白い話をたくさん聞くことができた。
ビジネスの話以外にもイスラム教の家族観なども話した。
なんやかんやあって彼のビジネスに投資することになった。万が一騙されても、インドに行って詐欺にあったという最強飲み会ネタを一生擦り続けて回収できると思った。失敗して人生積むぐらいの投資額でなかったのも理由の一つだ。今後の流れに期待だ。税金周りに自信がないので詐欺でなかったら税理士に相談したい。
コルカタからデリーは飛行機を利用した。空港に猫がいて笑った。

デリー
帰国するためにデリーに戻った。
特にやることもなかったので、スタバで読書して過ごした後に帰国した。
最後
インドに行っても人生観は変わらなかったが、面白い国なので行ってほしい。
ニューデリーから東を観光したので、次回のインドではラダックやジャイサルメールを周りたいと思う。一緒に旅したいという人いたら声かけてください。
記事がいいなと思ったら、ほしいものリストに寄付お願いします。
台湾自転車半周旅で敗北しました
2024/09/29 - 2024/10/08 の日程で台湾自転車で旅しました。
本記事は、その備忘録です。
退職しました。旅や学習するため退職から入社まで3か月の充電期間を確保しました。
弱虫ペダルを観た影響で自転車の魅力に気づき、自転車で旅したい欲求を抑えることができなかった。自転車旅できる国として有名な台湾を旅行先にしました。
ちなみに、自転車経験に関してですがママチャリのみ。大学以降は自転車に乗っていない超初心者でした。
調査した結果、以下のような有益な情報を得ることができました。
- 自転車は台北にあるMathewBikeで借りる人が多い
- 台湾交通部観光署が発行している台湾一周サイクリングガイドが存在する
ガイドによると1日に100km、10日で一周できるようでした。
自転車初心者ということもあり自分がどれくらい漕げるか不明なので、一日50kmを目安に計画しました。台湾の西側ルートは観光地として有名な台北、高雄などがあり面白みに欠けると考えました。一方、東側は山や海が多いこと。日本人が観光で訪れない場所という皆と違うことがしたいという天邪鬼な人間にぴったりのルートです。
よって、台北から高雄を東側ルートで半周することにしました。 自転車初心者で距離を稼げる自信がなかったので、余裕を持って 2024/09/29 - 2024/10/12 と2週間の旅行計画を立てました。
2024/09/29 - 2024/10/10 の期間で高雄まで自転車で周る。台北に新幹線で戻り自転車を返却した後、2日ほど観光するというざっくりプランです。
この計画は諸々頓挫します。後ほど紹介します。
計画を立てたのが出国の10日前。計画立案後に急いで飛行機を確保しました。
続いてMathewBikeに連絡をすると、いきなり計画が崩れました。団体顧客が自転車を借りるため、10/08 までしか貸し出せないとのことでした。日程的は余裕を持って計画していたので、観光時間を減らせば高雄までは到達できると思ったので、自転車の貸出期間に了承しました。
教訓1: 予約は早めにしよう
少し計画にズレが生じましたが許容範囲内。順調な滑り出しです。念の為、入国にビザ不要であることを確かめるなど細々とした旅行準備をして当日を向かえました。
1日目
向かえた当日。初めて羽田第3ターミナルを利用しました。こじんまりとして時間を潰せる店が少ないので再利用する際は時間ギリギリに行こうと思いました。
手荷物検査場を抜けて登場ゲートに向かうあの時間って最高ですよね。これからどんな冒険が始まるのか期待に胸を膨らませながら歩くのが楽しすぎます。唾液が大量に溢れて水分補給なんて必要ない。旅行で一番好きな瞬間かもしれません。

4時間のフライトを終えて台湾に到着。タクシーは甘えという厄介旅好き人間なので、自転車までの切符を購入しました。台湾の電車切符はコインでした。電車がいつ出発するのか掲示板に表示されており素晴らしいUXだと思いました。ちなみに、信号にも色が変わるまでの時間が表示されています。


2日目
無事自転車を確保して宿に向かい一泊。目的地である頭城に向かってペダルを漕ぎ始めました。冒険の始まりです。頭城へ向かうには、山ルートと海ルートが存在します。運動不足独身男性なので山越えは困難だろうという判断の元、海ルートを選択しました。

この時は、海から向かい風が自転車にとってどれくらい大変なものか想像できていませんでした。
順調に市内を抜けて基隆河に沿って設置されている自転車道に入りました。
市内でも道路側に一番近いレーンは原付を含む低速乗り物専用レーンが用意されていますが、基隆河沿いは別格です。台湾が自転車で有名な理由がわかりました。
誰も僕の走りを邪魔することはできない。どこへ行くのも自分が決定できるという全能感とそんなことは許してくれない身体の疲れ。自転車を漕ぐのは生きてるって感じがしました。
自転車を漕ぐこと2時間。Google Mapの経路情報では、とっくに通過している休憩地点は遥か先。時速18km前提で計測されたルート時間が自分には合わないことがわかりました。運動不足許しマジ。どこまでも行けると思ってた自信は翳りが見え始めました。結局、3時間経ち休憩地点に到着しました。1.5倍かかりました。これは、悲しいことではありません。自分の実力を正しく計測可能になり計画を立てやすくなったのです。途中で写真を撮ったりルート確認したり尻が痛くて休憩したのが遅れた原因でした。漕ぎ続けること。それが正義だ。
教訓2: 速度にブレが発生する交通手段を使う場合は、Google Mapのルート時間を信用するな
教訓3: どんなに遅くても漕ぎ続けることが重要
ひたすら漕ぎ続けた。おそらく忘れるんだけど、一つ一つの景色が思い出に変わっていくような気がした。少年心を刺激するトンネルが印象的だった。
頭城に着けると踏んでいたが、しばらくして無理なことがわかった。6時間漕いだ。体が限界だった。瑞芳という謎の街で宿をとった。
3日目。
宿主から台風が近づいていることを教えてもらった。天気予報を全く見ない人間なのでありがたい情報だ。途中で電車に乗るかもしれないが、行けるまで行こう。台湾を自転車で半周したんだよね!という人生で使えるネタを作るために頑張ろうと改めて気を引き締めた。
前日は街や山を走っていたが、海辺を漕ぐことが多かった。1番道路を抜けて2番道路に入った感じ。テンションマックスで朝の海辺を疾走した。台風が近づいていることもあり東映オープニングのように海が荒れていた。これから映画が始まりそうな予感がした。


海辺だからといって平坦な道が続いているわけではなかった。初めての18段ギアを巧みに活用しながら坂を登った。前を見る余裕はなかった。こんなに美しい景色が広がっているのに気づくことができない。辛い時は視野が狭くなるものだ。今、生きるのが大変なやつに視野を広く持とうぜ!なんて言わないと決めた。
福隆から石城まで山をくり抜いて作った自転車道を利用した。大きく外回りする気力がなかった当時の僕には泣くほど嬉しい道だ。マリオカートのショートカットポイントのようだ。2kmほどの長いトンネルをひたすら漕いだ。


疲れから誘惑に負けて電車に乗ろうと駅に向かうと自転車乗車可の電車はないと言われた。どうやら、自転車乗車可の電車は2駅毎にあるようだ。神は漕げとおっしゃた。
漕ぎながら気づいたのは、セブンイレブンとファミマがやたら多いということだ。ローソンはなかった。台湾の1週間後に旅したインドには全くなかった。出店戦略が気になるところだ。財務諸表でも見ようかな。
知らない街に知ってる店があるという安心感。最高だよな。
くだらないことを考えていると夜になったので礁渓に宿をとった。旅人の味方「地球の歩き方」による温泉が有名な街である。
宿には湯船がついていた。安宿でもこの街の宿には湯船があるようだ。
旅には酒が必要なのでBarに向かった。大学を卒業したばかりの若者が開いている729Barに入った。酔っ払いのおじさんに半ば強引に屋台飯をご馳走なりながらアルコールを摂取した。店主に中国語を教えてもらった。
ツーシンナーリー where is it?
ワーヤーチャッガー I want this
ドーサーチェン how much is it?
良い店だったので、礁渓に立ち寄った際は訪れてほしい。
https://maps.app.goo.gl/J2qia8mXsQAfDyzE6
明日に両替するので、すっからかんになるまでお金を使った。気分の良い夜だ。
4日目。
二日酔いにならなかった。お酒は強い方だ。2万円を握りしめて銀行へ向かった。
閉まっている。どうやら台湾では台風だと銀行も休みになるようだ。
政府のサイトで確認できます。
https://www.dgpa.gov.tw/typh/daily/nds.html
仕方ないので、クレジットカードのキャッシング機能を利用することにした。ATMにクレジットカードを差し込んで引き出そうとすると「translation failed」。当時、世界で一番嫌いな言葉でした。
心当たりはあった。出国前に引越し、Mac買い替え等で与信枠がなくなった可能性があった。
原因を特定するために、セブンイレブンで少額決済を行った。失敗。専用サイトで与信枠を確認すると、0の文字。
状況を整理しよう。
日本円は3万円あるが銀行が閉まっているため両替ができない。
クレジットカードで現金引き落としができない。
つまり、手元に台湾ドルがない。台風の中、野宿を覚悟しました。
さすがに野宿は危ないのでホテルスタッフと交渉した結果、デポジットとして一万円を預けることで銀行が開くまで延泊できるようになりました。ホテルオーナーの優しさ、日本人のこれまでの功績と日本円の信用に最大限の感謝をしました。みなさん、ありがとうございます。
残りの期間を3万円で過ごすことは現実的ではないため、クレジットカードの与信を回復するために動きました。後ほど説明しますが、この時点で与信が回復すればキャッシング機能が利用できると思っていました。
カード会社のページを血眼にして見ていると臨時支払いによって与信枠を回復できる可能性がありそうでした。臨時支払いは指定銀行に振込を行うようでした。しかし、インターネットバンキングサービスの設定をしていなかったので、台湾にいる私では対応不可。家族に電話して翌日振り込んもらう約束をしました。
(与信回復方法は未だよくわかってないので、話半分で流してください。)
人間やるべきことがわかっていれば焦らないんですね。お金がなくなっても不安な気持ちはなかった。ただこの状況が楽しい。旅にハプニングはつきものなので。
精神が安定し過ぎている自分が怖くなった。
5日目。
クレジットカード対応は、まだまだ続くよ。
残り少ない現金で効率的にカロリーを摂取すべくパンを大量購入した。異国の地でパン生活することになるとは。
臨時支払い対応は上手くいったのですが、クレジットカードは依然として利用できない。
仕方ないので、オペレータの方に相談したところ以下のことがわかった。
- キャッシングは、利用申請をしてないので使えないこと
- 臨時支払いによって一時的な利用枠引き上げ分を回復できたが、基礎与信は回復していない
2について補足します。
引越しで基礎与信を使い切ったので、一時的な利用枠引き上げで限度額を上げた。
一時的な利用枠引き上げを再度申請したが、いつ対応が完了するかわからないようでした。 状況を汲み取りながら丁寧に解決策を一緒に考えてくれたオペレータのお姉さんに感謝した。
与信枠の回復は毎月10日。宿代、食費。高雄から台北までの新幹線代を3万円で凌ぐことは難しいと考え、旅の撤退を決意しました。飛行機の便を震えながら変更した。 半周できなかった。
教訓4: 現金は多めに持っていけ。
教訓5: キャシング使えることを確認して出国しろ。
教訓6: 旅行する月はクレカ上限を気にして決済しろ。
家族にクレジットカード番号や暗証番号を教えてもらう、宿を毎回確保してもらう等で旅を続けることは可能でしたが、これ以上迷惑をかけながら旅しても楽しくないと考えました。
教訓4について補足。 8万円持っていきました。油断して自転車代と宿代を現金払ってしまい現金が急速になくなりました。クレジットカードが使えれば8万で十分足りたと思います。
6日目。
銀行で両替をした。
雨が降って自転車を漕ぐのが困難だと判断し延泊。お風呂に入ったりしました。

やることがないので終日Netflixを観た。
「あいのり」と「あいの里」は、最高だぞ。みんな観ろ!そして、語ろう。飯の誘い待ってます。
また、海外旅行のいい点としてNetflixでジブリ作品を視聴できるというのがあります。
7日目。
台北に向けて出発。
台北まで電車で行けると思ったが、自転車を乗せることができるのは八堵までらしい。

八堵から台北までは2日目に通った道。以前は知らなかった道が知っている道になっていた。
気のせいかもしれないが足取りも軽い。ギア最大まで上げるヤンチャ行為を繰り返しながら帰路についた。

8日目。
スタバや図書館で高校数学の勉強していた。
統計学を学びたいので高校数学から基礎固めというやつです。
9日目。
北投公園露天温泉浴池に向かった。
1時間漕いだ後の温泉。サウナよりチルできるのでオススメです。

実質4日ぐらいしか一緒に過ごせなかったけど、お前は戦友やで!と思いながら自転車を返却した。
夜は、Revolver というライブハウスに行った。
ライブハウスは全くの初心者。日本でも行ったことはない。
緊張しながら入場料を払い2Fで開催されている会場に向かう。音がしないのを不思議に思いながらドアを開けると目の前に裸の男。美しい肉体美を真剣な眼差しで見つめるヨーロッパ風の観光客。ライブハウスには、こんな余興もあるのかと思い辺りを見回すとスケッチをしているようだった。間違えた。慌ててドアを閉じて1Fに向かった。ライブハウスなのは事実だが、毎日演奏されているわけではない。その日は、Art Classだった。
初めてのライブハウスを海外で体験する人生ではなかったようだ。
10日目。
帰国。
台湾ありがとう。今回は負けたけど次回勝ちます!
記事がいいなと思ったら、ほしいリストに寄付お願いします。
https://www.amazon.co.jp/hz/wishlist/ls/SI1QLSSJDTT6
インド旅行記も楽しみにしておいてください〜
TypeScriptの {} 型にnull, undefinedを代入しても型エラーにならない場合の対応
結論
tsconfig.json に "strictNullChecks": true で設定する。"strict": true も可。
{
"compilerOptions": {
"strictNullChecks": true
}
}
調査方法
TS Playground にて、以下コードを貼り付けると「Type 'undefined' is not assignable to type '{}'」 が発生するためVSCodeかローカル設定が怪しいと推測。
const bar: {} = undefined;
ChatGPTにて、「VSCodeで以下のTypeScriptを定義すると型エラーが発生しません。理由を教えてください」と質問した。
strictNullChecks の存在を教えてもらい公式ドキュメントを読んだ後、設定すると解決した。
書籍「苦しかった時の話をしようか」の好きなことをしている文脈をやってみた
キャリアを考えるにあたって「苦しかった時の話をしようか」を紹介された。
キャリア形成において強みを伸ばすのが重要。 強みを発見するためには、好きなことをしている文脈を最低50個以上書き出してグループピングせよ!と記載されていたので愚直にやってみた。
グルーピングは以下の3種類
- T: 考える力/戦略性が強みになる
- C: 伝える力/人と繋がる力が強みになる
- L: 変化を起こす力/人を動かす力が強みになる
自覚はあったが、典型的なTだと再認識できた。
イキってた恥ずかしい過去を思い出して懐かしくなりました。
- 小学生の時に算数などを教えてわかった表情を見るのが好きだった
- 旅行前の空港待ち時間が好き
- ヒッチハイクの時に車が停まりやすい場所を考えるのが好き
- ボードゲームで勝つ方法を考えるのが好き
- 友達と連想ゲームをするのが好き
- 人を動かすを読みPDCA回して改善するのが好き
- アイデアをたくさん出すのが好き
- 知識と知識をつなげるのが好き
- DB設計で新しい概念を発見し知識が整理されていく過程が好き
- 先生に吹奏楽の指揮者してくれないかと頼られたのが好き
- 社会人バスケでミニバスではわからなかった動く理由を知れたのが好き
- バレー部の練習試合に向かう車内で笑いを取るのが好き
- 良い問いだねと言われるのが好き
- 提案資料作成時に論点を整理するのが好き
- 雑な学びを共有して意見をもらいさらに学ぶのが好き
- 新しいアイデアを考えるのが好き
- 人と組織を動かすを学び今まで見ていた世界が違って見えたのが好き
- 英文法を体系的に理解しロジカルに説明できるようになるのが好き
- 映画鑑賞時に自分が思い付かなかった撮り方を知れるのが好き
- 知らない話を聞くのが好き
- 学んだことをすぐに試すのが好き
- 学ぶ計画を立てるのが好き
- 大学院の講義で浮かんだ問いを教授とディスカッションするのが好き
- 大学で学んだが実際には理解していなかったことを発見し、再学習した際にわかるの濃度が上がる感覚が好き
- 本屋で知らない分野の本棚を見るのが好き
- 高等教育の大衆化は可能かなど問いを立てて調査するのが好き
- 会社の飲み会を企画するのが好き
- 会社でバイトランチなど面白いと思った企画を開催するのが好き
- インフラ設計でアイデアを発散している時が好き
- 小学校のディベート授業で相手の意見を論破するために思考を巡らせるのが好き
- ニッチなYoutubeチャンネルを発見するのが好き
- くりぃむしちゅーのANNを見て会話の改善していく過程が好き
- 小学生の図書室で誰も見てないであろう手塚治虫作品を見るのが好き
- 水泳を辞める時に引き止められたのが好き
- 百マス計算でクラス一番になるのが好き
- 幼稚園の時に、缶をできるだけ高く積めるかゲームで一番を目指すのが好き
- 大学サークルメンバーを遊びに誘った時に乗ってくれたのが好き
- 高校時代に新書読んでる姿を見せるのが好きだった
- エースのスパイクをレシーブできた時が好き
- 小学生の時に中学生にポケモンバトルを挑んだがボロ負けした。しかし、自分では知らない世界(ポケモンの組み合わせ)を知れたのが好きだった
- バックパッカーをしていた時に安い宿を探すのが好きだった
- 山手線歩いて一周を企画して仲間を募って実現させたのが好き
- 他の人が発見できない景色を旅行先で見つけるのが好き
- 今あるルールを疑い問いかけて議論すること (甲子園への強制参加)
- 遠足のおやつを選ぶ際に可能な限り多くの種類を変えるように組み合わせを考えるのが好き
- そろばんでトントン拍子に段位が上がっていくことが好き
- 人より少ない努力で成果を出すのが好き
- 周りのものを組み合わせで新しい発明を考えること
- キレイな泥団子を作ること
- わからない時は一気に本を読んで解決策を見つけること
- ヒッチハイクの時に知らない話を聞くのが好き
- 就職活動で落ちた理由を分析して改善していくのが好き
- 講演を聞いて質問を考えるのが好き
- フィードバックをもらうのが好き
- タスク分解するのが好き
- デバッグで一つ一つ可能性を狭めていくのが好き
- ソーラン節を踊るのが好き
- テキストを写生するときに無心になるのが好き
- 隣のおじちゃんと話すのが好き
- 帰り道に違う道を通るのが好き
- 通学班長でみんなを率いてるのが好き
- 教え合うのが好き
- 社内で技術発信した時に別の論点がや疑問出してくれるのが好き
- 改善点を提案するのが好き
転職者必見!オフィス近辺の旨い飯屋を探すたった一つの方法
会社チャットアプリ内にて「https://tabelog.com」で検索する。
以上です。
CIコスト下げたい、テスト実行時間減らしたい時のアイデアまとめ
友人にcircle ci 料金下げる。または、rspec実行時間減らした時にやるべきことを聞かれたのでまとめておく
Railsプロダクト前提です。
- テストしない (野蛮だけどアイデアの一つとしてね....)
- 不要なコードとテストを削除
- 並列化
- 完了時間は実行時間の長いテストに引きずられるので実行時間が均一にする(並列化した後)
- bundle config使ってdevelopment groupライブラリをinstallさせない (メモリも少なくなります)
- bundle install や yarn installを別jobで動かしコンテナイメージ作成。テスト実行jobでコンテナfetch
- draft prだったらcircleci実行しない。open prだけci回す
- skip ci 活用する
- resource_class調整
- 不安定なテストを直す(リトライしている場合)
- defaultブランチ以外ではカバレッジなどのレポート系を取らない。正直テストちゃんと書くチームにしかいなかったのでカバレッジ不要だと思ってる。
- logレベル warnとかに変更する (ログ出力量減らす)
- gemだけではなくwebpack, asset:compile などもcacheする
- circleci以外を利用する。ex: github action使う
「金払えば速くなるか考える」その後に「金安くなる方法考える」のが効率良いと思ってる。
一番重要なのは各stepの計測結果を地道に見て改善施策考えること。やっていこう。
追記
他にアイデアあったら追記したいので教えてね!
https://twitter.com/imaharuTech/status/1687084010651234304 にリプライよろしく
奈良在住 お酒好きからのお便り (転記承諾済)
Railsの話
- bootsnapをテスト環境で入れておく
- まれに古いレイルズ設定を引きずっていて開発環境だけrequireしてたり、削除していたりする
- Railsを何度も再起動すると効いてくる
Rspec
- できる限りlet!をやめてletにする(不要なケースでもレコード生成をしていることが多い)
- とくにグローバル(最も外側のcontext)でlet!とかbeforeとかでいらないレコードを作ってるのを外して、必要最小限のテストケースのコンテキストだけに閉じ込める
- factoryで「気を利かせて」関連する親・子レコードを作っているのをやめて必要な箇所で都度生成する
- とくに関連子レコードをつくるコールバックはtraitに閉じ込める(明示的に指定しない限り暗黙生成しない)
- system spec(シナリオテスト)は最小限にする(考え方によるけどフロント分離してたらいらない感)
- 組合せ爆発しがちな網羅的なテストは、なるべく単体テスト(クラス1つだけの軽いテスト)に寄せる
- requestスペックはざっくり正常系とメジャーな異常系を見るとか、認証認可だけを見るとかにする(考え方による)
- 単体テストで1ケースに複数期待値を書くのを許す
- 個人的には「ケースで表明していること、中でやっていることが合わなくなって改修で死ぬ」「単体テストなのに手続的なシナリオテストが頻繁に書かれる」ので、メンテ性が悪化するため反対。だけど考え方による
e2eの話
- system spec(capibara)重い。cypressも結構重かった。PlayWrightよかった(けど、これはrailsじゃない現場だからわからない)
- フレームワークによって結構速度違う感ある
- あとchrome前提か、electronでやるのか、他のブラウザも担保したいのか・・(減らすに越したことないけど、オプションまずってなぜかelectronベースでやってるとかはあった)
CIの話
- 共通の依存に関してキャッシュを利用する
- ステップごとに全部ダウンロードしなおすとかよくあるので、gem関係はキャッシュを使う
- ただしnode_modulesはめちゃくちゃ増えがちで、実際はキャッシュがあふれて無効になることも多いので、色々みてお手盛り調整が必要
- keyを適切に貼る
- バージョンが違うキャッシュがやってきたら無駄だけでなく、最悪エラーにもなるし、同バージョンの上書き合戦になってキャッシュ全体の有効性が薄まる
- persist_to_workspaceをうまく利用する
- セーブとかロードの時間が余計にかかるので、実際これで速くなるのか要計測感ある
- ステップごとに全部ダウンロードしなおすとかよくあるので、gem関係はキャッシュを使う
- マルチステージビルドつかう
- 全ステップ通過を要求するかどうか吟味(とくにe2eの使い所)
- たとえばgit flowのようなリリースフローだったとして、「ブランチpushや、本番リリースではe2e回す」「mainマージ(stgリリース)時はe2e回さない」とかrequirementを吟味する
社会人の趣味 第346位!JAIST科目履修生 体験談
趣味の一環で北陸先端科学技術大学院大学(以降、JAISTと呼ぶ)に科目履修生として通っていました。
テストが返却され落ち着いたので、備忘録を残しておこうと思います。JAIST科目履修を考える人に少しでも役立てば嬉しいです。
受講きっかけ
RailsエンジニアからSREエンジニアにキャリアチェンジしネットワーク、CPU、OSに関する知識をインプットする機会が増えました。興味が移りやすい性分なので、半強制的にインプットできる方法を探っていました。以前、JAISTに通っている友人がCPUやメモリの宿題について話していたのを思い出しました。シラバスを覗いたところ「統合アーキテクチャ」というピッタリの講義を見つけたので応募しました。
科目履修生を考えてる人へのアドバイス
受講受理までに迷ったことを残しておきます。正確な情報は大学に確認して下さい。
- 年度毎に開講講義が異なるので、受講したいならとりあえず申し込む
- 講義開始月の前月末日まではキャンセル可能
- わからないことは、サイト読むより電話した方が早い
- 申込用紙の正規課程への入学希望には、「いいえ」と回答しても受講できた
統合アーキテクチャについて
講義について
CPUパイプラインやメモリキャッシュに思いを馳せ、キャッシュミスペナルティの重要性に気づかせてくれるような講義でした。長年積読になっていた「コンピュータの構成と設計」に自然と手を伸す気力を与えてくれました。
講義の後、毎回30分ほど延長して先生を質問攻めにする会が開かれるなど活発的なクラスでした。
私は、講義中にもわからない点があったら質問し若干進行を妨げてしまった感があったので申し訳なかったですが、とても楽しかったです。
講義は録画されているので、何でも見返すことができます。オンラインでも受講できるのですが、先生に質問しやすいのでオフラインがオススメです。
参考までに講義中に出た用語を紹介します。
データハザード、パイプラインレジスタ、フォーワーディング、ストール、Direct-mapped cache、Set-associative cache、オフラインスケージュリング、オンラインスケジューリング、Rate Monotonic、Earliest Deadline First、優先度逆転問題、優先度継承プロトコル、優先度上限プロトコル
学んだこと、考えたこと
- 命令数を少なくするとメモリ使用量を少なくできる。
- 不要なコードがあるとメモリ使用量が多くなるので、不要なコードを削除するのは大事
- 部分最適をしても全体が速くなるとは限らない
- パイプラインステージの一部だけ高速化しても意味がない。遅いものに律速する。速いステージをなんとか活かそうとすると回路が複雑になってクロック数が小さくなる可能性がある。
- Webシステムに応用すると、一部ユーザーのレイテンシを下がることでプロダクト価値は高くならない。平均的なレイテンシを下げるのが重要。
- 自チームから見ると非効率でも組織全体で捉えると効率な時がありそう。
- パイプラインステージの一部だけ高速化しても意味がない。遅いものに律速する。速いステージをなんとか活かそうとすると回路が複雑になってクロック数が小さくなる可能性がある。
- 何事にもメリットとデメリットがある。もし、デメリットが出てこないなら知識不足を疑った方がいい
- 再帰関数は、メモリ使用量がコードから解析するのが難しいというデメリットというのを知らなかった
- キャッシュミスは痛い。できるだけキャッシュに乗せろ vs キャッシュを許すな (最悪実行時間が計測できない)
評価について
レポート49点。テスト43点。合計92点でした。
評価Aなので素直に嬉しいですが、理解不足でレポート満点を逃したり、テストで応用問題が解けなかったなど悔しさもあります。
先生曰く、平均点80点を目指してレポートとテストを作成しているようです。
レポート内容発表から2週間後が提出期限でした。レポートに費やした時間は10時間です。内訳は、講義動画復習と課題にそれぞれ5時間。
テストは、資料持ち込み可でした。試験対策として講義動画を4時間復習しました。
(私の)改善ポイント
先生と生徒間のコミュニケーションは活発でしたが、生徒同士の交流はなかったのが少し勿体ないなかったです。
レポートを一緒に作ったり、テスト後の打ち上げなどのイベントを自分で開催すればより楽しめただろうなと思いました。
10月には、「並列処理」と「コンピュータネットワーク特論」を履修予定なのでやっていきます!
雑感
1ヶ月大学院に通う中で、独学で学ぶ環境が整っている時代に敢えて大学に通う意味はなんだろうという考える機会がありました。
良質な問い。そして、問いに対する議論できる場の提供が大学の価値ではないかとないかと考えました。JAISTはその両方が提供されている場ではないかと思います。
最後に
私が考えなかった視点で質問していた受講生の皆さん。JAIST Slackで共に議論したDさんとYさん。遅くまで残って質問攻めにしたにも関わらず嫌な顔をせず付き合って下さった田中先生。ほんの一か月でしたが、皆さんのおかげで楽しい学生生活を送ることができました。本当にありがとうございました。
週報 01/30 - 02/05
技術メモ
Nginxのリクエストヘッダーは、$http_names で取れる。例えば、Content-Typeの場合、$http_content_typeね。ドキュメントわかりにくい….。お前が改善していけ。
$http_*name*arbitrary request header field; the last part of a variable name is the field name converted to lower case with dashes replaced by underscores
MySQLのデータ移行後、データが一致しているか検証する方法
- CHECKSUM TABLE
- information_schemaのtable row
日記
- 週報をサボった
- 書籍の内容をブログに書けないので辛い。
- 自作サービス作ると言って行動してないので今週からやります。とりあえず、Twitterアカウントと紙でモック作る
- IPAの申し込み忘れた。0次試験突破ならず
- 仕事は朝終わらせたい。早起きします!
- 社内制度を使って別部署の仕事をできるかもしれない。オンプレ触れるかも?楽しみだ。
- 服に3万円ほど消費した。
- 服を購入したら毎回タクシーを利用するようにしている。タクシー広告を見た。タクシー広告のターゲットユーザーは、社長なんだろうな〜と感じた。Saasを導入するのは、社長なのか?という疑問は残ったまま。
- fondest
- Brash
- カイギオ
- Perk
- EggForward
- ACN
- 来週は、スノボー。5時半起き。やってくぞ
- Linuxのしくみの輪読会を友人と開催することになった。
読んだ本・記事
- [試して理解]Linuxのしくみ 1-2章
- 詳解 システム・パフォーマンス 1章

